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文王「君主が賢者を挙げることに努めても、その効果を得られず、世がますます乱れ、国が危亡に至るのはなぜか?」
太公「賢者を挙げても用いないからだ。挙賢の名ばかりで、用賢の実がない。」
文王「その過失の原因は何か?」
太公「君主が世俗の評判に惑わされ、称賛される者を重用し、真の賢者を得られないからだ。」
文王「それはどういうことか?」
太公「世俗が称賛する者を賢者とし、世俗が非難する者を不肖とするなら、党派の多い者が進み、少ない者が退けられる。
そうなれば、邪悪な者が結託して賢者を隠し、忠臣は罪なく死に、奸臣は虚名で爵位を得る。ゆえに世は乱れ、国は危亡を免れない。」
文王「では、賢者をどうやって挙げるべきか?」
太公「将と相の職を分け、それぞれの官職に求められる条件で人材を選ぶ。名にふさわしい実を求め、実績でその名を検証する。
才を選び、能を試し、徳才が官位にふさわしく、官位が徳才に見合えば、挙賢の道が得られる。」
『六韜』の「挙賢」篇は、君主が賢者を正しく登用することの重要性を論じ、世俗の評判に惑わされることの危険性を警告する章です。太公は、賢者を用いない「名ばかりの挙賢」が国の乱れと滅亡を招くとし、真の賢者を見極め、適切に登用する具体的な方法を提示します。この篇は、「上賢」篇で論じた賢者の尊崇と不肖者の排除という原則を、実際の人材登用における誤りとその是正策に焦点を当てて具体化します。以下では、翻訳で使用された主要な言葉や概念について注釈を加え、わかりにくい部分を補足します。
挙賢
篇題の「挙賢」は、賢者を推挙し、登用することを指します。『六韜』では、賢者の登用が国家の安定と繁栄の鍵とされ、この篇ではその失敗の原因と正しい方法を具体的に論じます。賢者とは、徳と才を兼ね備え、国の運営に貢献できる者を意味します。
有挙賢之名、無用賢之実
「挙賢の名ばかりで用賢の実がない」とは、賢者を登用した reducing the risk of being swayed by superficial reputations.
世俗之所誉、世俗之所毀
太公は、君主が世俗の評判に惑わされず、客観的な基準で人材を選ぶべきと説きます。
多党者進、少党者退
「党羽多ければ進み、少なければ退けられる」とは、世俗の評価が党派や結託の力に影響される現実を批判します。党派の多い者(奸臣)が権力を握り、少数で正直な賢者が排除されると、国の秩序が乱れるとされます。
群邪比周而蔽賢
「邪悪な者が結託して賢者を隠す」とは、奸臣や不正な者が集団で勢力を形成し、真の賢者を排斥する状況を指します。「比周」は結託や癒着を意味し、奸臣のネットワークが国の害となることを警告します。
忠臣死於無罪、奸臣以虚誉取爵位
将相分職
「将相の職を分ける」とは、軍事(将)と民政(相)の役割を明確に分離し、それぞれの職務に適した人材を選ぶことを指します。職務に応じた基準で選抜することで、適切な登用が可能になるとされます。
按名督実、選才考能
これらは、客観的かつ実践的な人事評価の方法を示します。
実当其名、名当其實
「実が名にふさわしく、名が実に見合う」とは、官職とその担い手の徳才が一致することを指します。適切な人材配置が、挙賢の成功と国の安定につながると太公は説きます。
「挙賢」篇は、賢者登用の失敗が国の混乱を招く原因を明確にし、君主が世俗の評判に惑わされず、客観的な基準で人材を選ぶべきと説きます。太公の教えは、「上賢」篇の賢者尊崇と不肖者排除の原則を、実際の人事管理における具体的な方法として展開し、統治の誤りを防ぐ実践的な指針を提供します。
文王「天下を治める者は、何を尊び、何を抑え、何を採り、何を捨て、何を禁じ、何を止めるべきか?」
太公「賢者を尊び、不肖者を抑える。誠実で信義ある者を採り、詐偽の者を捨てる。暴乱を禁じ、奢侈を止める。だが、天下を治めるには、六つの賊害と七つの弊端に警戒せねばならぬ。」
文王「その道理を聞かせてほしい。」
太公「六つの賊害とは、次の通りだ。
一、臣が宮殿や苑池を盛んに造り、遊楽や声色にふける。これは君の徳を傷つける。
二、民が農桑を怠り、遊侠となって法を犯し、官吏の教化に従わぬ。これは君の教化を傷つける。
三、臣が朋党を結び、賢者を排し、君の明察を蔽う。これは君の権威を傷つける。
四、士が清高を誇り、諸侯と私に交わり、君を軽んじる。これは君の威厳を傷つける。
五、臣が爵位を軽視し、官職を卑しめ、君のために難に当たらぬ。これは功臣の労を傷つける。
六、豪族が財を奪い、貧弱な者を凌ぐ。これは民の生業を傷つける。
七つの弊端とは、次の通りだ。
一、智謀なく、重賞や高爵で人を集め、軽々しく戦う者。こうした者を将に任じてはならぬ。
二、名ばかりで実がなく、言行が異なり、善を隠し悪を広め、巧みに進退する者。こうした者と謀を共にしてはならぬ。
三、質素を装い、無欲を唱えて名を求め、実は利を欲する偽善者。こうした者を近づけてはならぬ。
四、奇抜な衣冠を誇り、博識をひけらかし、高論を弄して時俗を誹る姦人。こうした者を寵してはならぬ。
五、讒言と諂媚で官爵を求め、禄を貪って軽々しく死を冒し、大事を顧みず、虚論で君を惑わす者。こうした者を任用してはならぬ。
六、雕刻や華飾にふけり、農事を害する者。これを禁ずべし。
七、怪術や巫蠱、邪な言で民を惑わす者。これを止めるべし。
民が力を尽くさねば、我が民にあらず。士が誠実で信義がなければ、我が士にあらず。臣が忠実な諫言をしなければ、我が臣にあらず。官吏が清廉で民を愛さなければ、我が吏にあらず。宰相が国を富ませ、軍を強くし、陰陽を調和して君を安んじ、臣を正し、名実を定め、賞罰を明らかにし、民を楽にしなければ、我が宰相にあらず。
君の道は、龍の首のごとく、高く遠くを見、細やかに察し、謹んで聞く。形は示すが、心は隠す。天のごとく高く、測り難く、淵のごとく深く、量り難い。
怒るべき時に怒らねば、姦臣が起こり、殺すべき時に殺さねば、大盗が現れる。兵の勢いを行使せねば、敵国が強くなる。」
文王「まことに見事な言葉だ!」
『六韜』の「上賢」篇は、天下を治めるための人事と統治の原則を論じ、賢者の登用と害となる者の排除を強調する章です。太公は、君主が賢者を尊び、不肖者や詐偽を排除すること、六つの賊害と七つの弊端に警戒することで、国の安定を保つと説きます。この篇は、前の「守国」篇の天地の法則に基づく統治を具体化し、人事と社会秩序の管理に焦点を当てます。以下では、翻訳で使用された主要な言葉や概念について注釈を加え、わかりにくい部分を補足します。
上賢
篇題の「上賢」は、賢者を尊び、登用することを意味します。『六韜』において、賢者の登用は統治の成功の鍵であり、君主が適切な人材を選び、不適切な者を排除することが国の安定に直結するとされます。
六賊
「六賊」は、国の徳、教化、権威、威厳、功臣、民の生業を傷つける六つの行為や人物を指します。
これらは、統治の基盤を揺るがす内部の脅威として警戒されます。
七害
「七害」は、統治を誤らせる七つの弊端ある人物や行為を指します。
これらは、君主の判断を誤らせ、国を乱す危険な要素として排除すべきとされます。
民、士、臣、吏、相
太公は、統治に関わる各層(民、士、臣、吏、宰相)に求める資質を明確にします。
これらは、統治の各層がそれぞれの職分を果たすことで、国の秩序が保たれることを示します。
龍首
「王者之道,如龍首」は、君主の統治姿勢を龍の首に例え、高く遠くを見通し、細やかに察する姿を表します。龍は中国文化で高貴かつ神秘的な存在であり、君主の威厳と知性を象徴します。
示其形、隠其情
君主は「形」(外見や行動)を示しつつ、「情」(内心や真意)を隠す。表面上は明瞭に振る舞い、内心は深遠に保つことで、権威と神秘性を維持します。これは「大礼」篇の「高山仰之、深淵度之」と通じる思想です。
可怒而不怒、可殺而不殺
君主は適切なタイミングで厳格な措置を取る必要があり、優柔不断は国の混乱を招くと警告します。
兵勢不行、敵国乃強
軍事力が効果的に運用されないと、敵国が力を増す。これは、内部の統治だけでなく、外部の脅威に対する備えの重要性を示します。
「上賢」篇は、賢者の登用と害となる者の排除を通じて、統治の秩序を確立する原則を示します。太公は、六賊と七害を具体的に列挙し、君主が警戒すべき内部の脅威を明確にします。また、統治の各層に求める資質を定義し、君主自身の高遠な姿勢を強調することで、国の安定を保証する枠組みを提示します。この篇は、前の「守国」篇の天地の法則を人事と社会管理に適用し、統治の実際的課題に焦点を当てます。
文王「国家を守るにはどうすればよいか?」
太公「まず斎戒しなさい。そうすれば、天地の運行の理、四季の生じる法則、聖賢の治国之道、民心の動きの根源を説こう。」
文王は七日間斎戒し、弟子の礼をもって二度拝して問うた。
太公「天は四時を生じ、地は万物を生む。天下に民あり、聖賢がこれを治める。
春は生の理、万物が栄える。夏は長の理、万物が成る。秋は収の理、万物が満ちる。冬は蔵の理、万物が潜む。
満ちれば蔵し、蔵すればまた生じる。終わりも始まりも知れず、循環する。聖人はこれに倣い、天地の法則を治国の規範とする。
ゆえに、天下が治まれば聖人は隠れ、天下が乱れれば聖人は立ち上がって正す。これが至道の理だ。
聖人は天地にあって、その役割は重い。常理に従って治めれば、民は安んじる。
民心が動けば乱の機が生じ、機が生じれば得失の争いが起こる。
聖人は陰で力を蓄え、陽でこれを現す。まず暴を除き民を安んずることを唱えれば、天下は応じる。
乱が治まり常態に戻れば、功を争わず、位を譲らず、かくして国を守り、天地と光を共にする。」
『六韜』の「守国」篇は、国家を守るための根本原則を、天地の自然法則と聖人の役割に結びつけて論じる章です。太公は、天地の運行や四季の循環を統治のモデルとし、聖人が民心を掌握し、時機に応じて行動することで国を守ると説きます。この篇は、前の「守土」篇で示された宗族と民の団結、時機を逃さぬ行動、権力の集中といった具体的な統治策を、哲学的・宇宙論的な視点で深化させ、国の守りを提示します。以下では、翻訳で使用された主要な言葉や概念について注釈を加え、わかりにくい部分を補足します。
守国
篇題の「守国」は、国家の存続と安定を保つことを指します。「守土」篇が国土の防衛や内部統治に重点を置いたのに対し、「守国」は天地の法則や聖人の役割に焦点を当て、宇宙論的な視野で国の守りを論じます。
斎戒
「斎戒」は、心身を清め、敬虔な姿勢で重大な事柄に臨む儀礼です。文王が七日間斎戒し、弟子の礼で太公に問うのは、太公の教えが天地の理に基づく重大なものであることを示します。これは、君主の謙虚さと学びの姿勢を強調します。
天之経、四時所生
春道生、夏道長、秋道敛、冬道蔵
四季の法則は、自然のサイクルを統治に適用する比喩です。
このサイクルは、統治者が時機を捉え、適切な行動を取る重要性を示します。
盈則蔵、蔵則復起
「満ちれば蔵し、蔵すればまた生じる」は、自然の循環と永続性を表します。統治においても、繁栄(盈)の後に力を蓄え(蔵)、再び新たな発展(復起)を準備する。この無終無始の循環が、国の永続性を保証するとされます。
天下治、仁聖蔵;天下乱、仁聖昌
聖人は状況に応じて隠顕を使い分け、国の安定を保つと説きます。
民機之情
「民機之情」は、民心が動くきっかけやその本質を指します。民心の不安定さが乱の原因となり、聖人はこの「機」を捉えて適切に対応する。民心の掌握が国の守りの鍵であると強調します。
発之以其陰、会之以其陽
これは、戦略の隠密性と公開性を組み合わせた統治術を示します。
莫進而争、莫退而讓
乱が治まった後、功を争わず(進而争)、位を譲らず(退而讓)。これは、聖人が私利を求めず、権力を維持する姿勢を示します。君主の権威を保ちつつ、謙虚さを失わないバランスが求められます。
与天地同光
「天地と光を共にする」は、国の守りが天地の法則と調和し、永遠に輝くことを象徴します。聖人の統治が自然の理に合致することで、国の永続性が保証されると説きます。
「守国」篇は、天地の法則を統治に取り入れ、聖人が民心と時機を掌握することで国家を守る道を示します。太公の教えは、自然のサイクルをモデルに、動静のバランス、戦略的準備、君主の役割を強調し、前の「守土」篇の宗族と民の団結、時機を逃さぬ行動、権力の集中といった具体策を、哲学的・宇宙論的な枠組みで深化させます。
文王「国土を守るにはどうすればよいか?」
太公「宗族を疎かにせず、天下の民を怠らず、近隣を安撫し、四方を統御せよ。国の権柄を他人に委ねてはならぬ。委ねれば君主の権威を失う。
溝を掘って丘を築かず、根本を捨てて末節を追わず、
正午には物を干し、刀を持てば切り、斧を持てば伐つ。
正午に干さねば時を失い、刀で切らねば利を失い、斧で伐たねば敵が来る。
涓涓の流れを塞がねば江河となり、燎原の火を消さねば炎々と燃え、芽生えた葉を摘まねば斧で伐る事態となる。
ゆえに、君主は国を富ませることに努める。富まねば仁を行えず、施さねば宗族を団結させられぬ。
宗族を疎んじれば害を受け、民を失えば国は敗れる。
国の利器を他人に貸してはならぬ。貸せば害され、世を全うできぬ。」
文王「仁義とは何か?」
太公「民を敬い、宗族を団結させること。民を敬えば和が得られ、宗族を団結させれば喜びが生じる。これが仁義の基準だ。
権威を奪われぬよう、是非を明察し、常理に従え。
従順な者には徳で任じ、逆らう者には力をもって絶つ。
これを疑わず行えば、天下は和し、服する。」
『六韜』の「守土」篇は、国土を守るための統治原則を論じ、君主が権力と民心を維持するための具体策を示す章です。太公は、宗族と民の団結、時機を逃さぬ行動、国の富と権力の集中を強調し、仁義の基準として民と宗族への敬意を説きます。この篇は、前の「六守」篇の人事と経済の基盤をさらに発展させ、国を守るための実践的かつ戦略的な指針を提供します。以下では、翻訳で使用された主要な言葉や概念について注釈を加え、わかりにくい部分を補足します。
守土
篇題の「守土」は、国土を守ること、つまり国家の安全と統治の安定を維持することを指します。太公は、君主が権力と民心を保持し、外部の脅威や内部の混乱を防ぐための原則を提示します。
無疏其親、無怠其衆
無借人国柄
「国柄」は国家の権力や統治権を指し、これを他人に委ねると君主の権威が失われると警告します。太公は、君主が自ら権力を掌握し、他人に依存しない姿勢を強調します。これは、「六守」篇の「臣無富於君」とも関連し、権力の集中を重視します。
無掘壑而附丘、無舍本而治末
日中必彗、操刀必割、執斧必伐
この三つの比喩は、時機を逃さず行動することの重要性を示します。
時を失えば機会を逃し、敵の侵入を許すと説きます。
涓涓不塞、荧荧不救、両葉不去
この三つの比喩は、小さな問題を放置すると大きな危機になることを警告します。
これらは、予防と早期対処の重要性を強調します。
不富無以為仁、不施無以合親
敬其衆、合其親
これらが仁義の基準であり、国の安定に不可欠とされます。
順者任之以徳、逆者絶之以力
これは、柔軟さと厳格さを組み合わせた統治術を示し、状況に応じた対応の重要性を説きます。
因其明、順其常
君主は客観的な判断と常識的な統治で、権威を保つべきとされます。
「守土」篇は、国土を守るための統治原則として、宗族と民の団結、時機を逃さぬ行動、国の富と権力の集中を強調します。太公の教えは、予防的・戦略的な視点から国の安定を確保し、仁義を基盤に民心と宗族の支持を得る方法を示します。この篇は、前の「六守」篇の経済と人事の基盤をさらに具体化し、危機管理と統治のバランスを提示します。
文王「国を治め民を導く君主が、その権力や民の支持を失う原因は何だ?」
太公「人を用いるのに慎重でないからだ。」
文王「君主が守るべき六守と三宝とは何か?」
太公「六守とは、仁愛、義、忠、信、勇、謀の六つだ。」
文王「この六守を持つ人材をどうやって見分けるのか?」
太公「富を与えて法を犯さないか試し、地位を与えて驕らないか試し、重責を委ねて動揺しないか試し、事を任せて隠し事がないか試し、危険に置いて恐れないか試し、急な事態を任せて窮しないか試す。
富を得ても法を犯さぬ者は仁愛、地位を得ても驕らぬ者は義、重責を担って揺るがぬ者は忠、事を任されても隠さぬ者は信、危険に直面して恐れぬ者は勇、急な事態を巧みに処理する者は謀、これが六守だ。」
文王「三宝とは何か?」
太公「三宝とは、大農、大工、大商だ。農を一か所に集めて耕作を助け合えば、穀物は足りる。工を一か所に集めて器具を共有すれば、道具は足りる。商を一か所に集めて交易を盛んにすれば、財貨は足りる。
この三宝がそれぞれの場で安定すれば、民は乱を起こさなくなる。
郷を乱さず、族を散らさず、臣が君より富まず、都が国より大きくならぬようにせよ。
六守を備えた者を重用すれば君主は栄え、三宝を整えれば国は安泰となる。」
『六韜』の「六守」篇は、君主が権力と民心を失う原因を「用人不慎」に求め、君主が守るべき「六守」(六つの徳)と「三宝」(三つの経済基盤)を提示する章です。太公は、優れた人材を見極める方法と、国家の経済的安定を支える産業の重要性を説き、君主の統治における人事と経済のバランスを強調します。この篇は、前の「明伝」篇の道徳的原則を具体化し、統治の実際的な運営に焦点を当てます。以下では、翻訳で使用された主要な言葉や概念について注釈を加え、わかりにくい部分を補足します。
六守
「六守」は、君主が重視すべき六つの徳(仁愛、義、忠、信、勇、謀)を指します。これらは、君主自身が備えるべき資質であると同時に、臣下や官吏を選ぶ際の基準でもあります。太公は、これらの徳を持つ人材を適切に登用することで、君主の権威と国の安定が保たれると説きます。
仁愛、義、忠、信、勇、謀
これらは、儒家の徳目と重なりつつ、『六韜』の実践的な統治術に特化して提示されます。
慎所与
「不慎所与」とは、人材の選定や登用において慎重さを欠くことを指します。君主が不適切な者を重用すると、権力の乱用や民心の離反を招き、国が危うくなると太公は警告します。これは、統治の成功が人事にかかっていることを強調します。
富之、貴之、付之、使之、危之、事之
太公が提案する六つの試練は、人材の資質を見極める具体的な方法です。
これらは、単なる資質の評価を超え、実際の行動で徳を確認する実践的な基準です。
三宝(大農、大工、大商)
「三宝」は、国家の経済的基盤を支える三大産業を指します。
これらを「一其郷」(一か所に集め、組織化する)ことで、産業が効率化し、民の生活が安定するとされます。
無乱其郷、無乱其族
これらは、民の生活基盤を乱さず、経済と社会の秩序を維持する重要性を示します。
臣無富於君、都無大於国
これらは、君主の権威と国の統一性を保つための統治原則です。
君昌、国安
「六守長則君昌」は、六守の徳を持つ者を重用することで君主の権威と事業が栄えること、「三宝完則国安」は、農・工・商の産業を整えることで国の安定が確保されることを意味します。人事と経済の両輪が国の繁栄を支えます。
「六守」篇は、君主が権力と民心を失う原因を「用人不慎」に求め、六つの徳(六守)と三つの経済基盤(三宝)を提示することで、統治の具体策を示します。太公の教えは、人才の選定と経済の安定が国の命運を左右すると強調し、前の「明伝」篇の道徳的原則を実際の統治に適用する形で展開されます。